・小雑誌≪ gota a gota ≫創刊について

お知らせ

≪ gota a gota ≫は、オンラインショップにてご購入いただけます。

こんにちは
JUNOTAです。

この度、JUNOTAの制作物を発表する小雑誌≪ gota a gota ≫を創刊いたしました。

内容は僕が描いた絵、短歌、小説、エッセイなどです。
第1号の冒頭に書いた「はじめに」の文章を転載しておきます。

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 どうも太田潤 / JUNOTAです。
《gota a gota 》という雑誌を始めようと思います。この雑誌には僕が日々、制作している色々なものを載せていくつもりです。こういうものを始めることに至った経緯のようなものを書いてみたいと思います。
 二〇二二年十一月十六日、僕はコメダ珈琲のソファに座って、網焼きチキンサンドにかぶりついていた。年に一度の健康診断を終えた後だった。前日の夜から何も食べていなかったので僕は腹ペコだった。あっという間に食べ終えて、コーヒーを飲みながら、今後、自分がどんなことをやっていくのかについて、それまでの数日間考えていたことをまとめてみた。「やりたいことをやって、作りたいものを作って、それを本にまとめる。完成したら展示・販売会を開く。そういうことを繰り返していく。」というのがこの時に僕が決めたことだった。
 そして、その方針に従って二〇二三年の秋に「暮らしの実景」という本を完成させ、冬に展示・販売会をした。思っていた以上に多くの人が興味を持ってくれて、実際に買ってくれたことに驚いた。嬉しかった。
 この「制作→編集→販売」というサイクルを一周させてみて、気づいたのは、作ったものを何かしら物理的な形にまとめることが大事だということだ。ネット上のアーカイブではなく、「本」という物理的な存在であることに意味があるらしい。ネット上でまとめられたものと、物体としてまとめられているものとの間にどんな違いがあるのかは、僕にはまだ、よくわからないのだけれど、それは確かに違うらしい。(実際、「暮らしの実景」という本は、すべてネット上でも公開されているのだけれどそちらでは殆ど反応がない。)
 本を完成させてから半年くらい経つけれど、色々な人の目に触れていることをじわりじわりと感じていて、ポツポツと注文をもらったりすると、「本にしてみてよかったなぁ」としみじみ思う。
 けれど、結論から言えば、僕の気持ちは次の本を作ることに向かわないでいる。きっとそれは、制作物をまとめようとすることの不自然さを僕が感じているからだと思う。
 僕はいくつものシリーズを並行させて制作している。たとえば、今でいえば、「暮らしの実景の続き」「未明の土地」、「未明の人々」、「未明の王国」、絵物語「コリーナの丘」、静物画集「色彩の海に浮かぶ島」、短歌と絵の組み合せ「詠むー描く」、青色をテーマにした「KIND OF BLUE」などだ。その他にもさらに断片的な制作に取り組んでいて、それらはすべて制作途中だ。
 そんなに色んなことに手を出さずに、ひとつずつ完成させていけばいいじゃない、と言われる。本にして売るということを考えれば、それは確かにそうなのだけれど、どうもそのように割り切れないのは、僕の意識の根底に「作りたいものは作りたいときにしか作れない」という考えがあるのだと思う。思い返してみれば、「暮らしの実景」を本にまとめているときも、結構しんどいというか、何か違和感のようなものを感じながら、無理やりに完成させた。
 とにかく自分で決めた「制作→編集→販売」というサイクルを一度やってみようということで、その他の制作は一旦ストップさせて「暮らしの実景」を完成させることに集中した。結果、なんとか完成させることができたし、出来上がったものについては自分でも気に入ってはいる。けれど、自分としてはその本が完成したことの代償として、何となく、いろいろなものを取り逃がしたな、という感覚が残った。
 本来、雑多でまとまりの無いものを、無理矢理にまとめ上げているのではないかという感じがしたし、いくつかの作り始めていた他のシリーズは中断された。中には二度と再開されないまま消滅するものもあるだろう。僕はそれをもったいないことだと思う。「本にする」ということは僕にとってそういうことだ。
 だから、僕が考えた「作る、本にする、売る、次のを作る」というサイクルは僕にとってはあまり居心地の良いものではないらしい。雑多に制作したものを、雑多なまま、作ったものに対してなるべく自然な形を与えてやることができないだろうか?そう考えて思いついたのが「雑誌」だった。
 雑誌というのは、色々なものの集合体だ。雑多に、いろいろなものがごた混ぜになっていながら、全体としてはひとつの雰囲気を持っている。そして、雑誌というものの、僕がいちばん心惹かれる部分は、未完のものが載っている、というところだ。つまり、「連載」という制度だ。本は完成させないと作れないけれど、雑誌の中の一コンテンツであれば未完結のものも載せられる。そして、雑誌を続ける中で完成というものが訪れたときには、それを本という形にまとめ直すこともできる。こういうやり方がもし成り立つのであれば、それは僕が普段やっている制作に、より近いあり方なのではないか。
 小説もあり、詩もあり、エッセイもあり、油絵もあり、イラストもあり、漫画もあり、そんな雑誌を作ってみたい。そういう雑誌があったとして、読んでくれる人はいるのだろうか?そういうものをどのくらいの頻度で形にすることができるだろう?やってみないとわからないことが多い。うまくいくかはわからないけれど、そういうことを試してみたい。
 最後に《gota a gota》という名前について書いておきたい。まず、考えた名前は《gota》だった。それは日本語の「ごたごた」、「ごたまぜ」、の「ごた」だ。そして調べてみると、《gota》というのはスペイン語で「水の滴り」を表す言葉らしく、《gota a gota》とつなげると「ぽたぽたと、少しずつ」という意味になるらしい。僕が日々制作したものを、ぽたぽたと、少しずつ、発表していく媒体の名前としてピッタリのような気がしたので、採用した。
 ぽたぽたと滴らせて、いずれは大海に――とまでは言わないけれど、せめて砂漠にならないくらいには定期的に発行していけたらいいなと思う。

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≪ gota a gota ≫はオンラインショップにてご購入いただけます。

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