木のランプシェードーー木の変化を許容する木工

僕がカチカチに固まったボンドの蓋と格闘していると、玄関から「おーぅい、いるか?」と声が掛かった。いつもお世話になっているお隣さんだ。行くと「桜の木、切ったばっかのやつがあるけどいるか?」と言われたので、二つ返事で欲しいと言って受け取りに行く。そしてトラックに積めるだけ積んで帰ってきた。さて、伐採直後の桜の木、これで何を作ろうか?


木というものは立ち木の状態でいるときはもちろんだけれど、切り倒された後も変化し続ける。それは主に水分量の片寄りと乾燥の関係によるものだ。では目に見えてどんな変化が起きるのかというとそれは「ひび割れ」であり「反り・捻れ」である。

生木を何の対策もせずに放っておくと勝手に乾燥が進んでひび割れを生じる。ひび割れてしまうとまぁ、普通に考えてよくない。

美観が損なわれるだけでなく、器なら漏れてしまって機能的に問題があるし、体重を預けたりするようなものであればたとえ構造上問題がなくとも「大丈夫なの?」と心配になって、心理的にも良いとはいえない。そして反ったり捻れたりすれば、部材の接合や取り合わせに不具合も生じる。だから木を扱う職人たちはずっと木材の乾燥とそれにともなって生じる色々な現象に対して、様々な工夫でもって戦いつづけてきたといえる。割れや反り、捻れというのは木で何かを作る上では取り除かれるべき欠点というわけだ。少なくとも厄介な存在ではある。

それはそう、なのだけれど同時に僕は「変化し続ける」という木の性質をそのまま全部受け入れるようなものづくりは出来ないか?と考えていた。ひび割れや反り、捻れ、虫食いや腐敗、風化そして最後には朽ち果て自然に帰る。そういう変化のすべてが許容されるようなものは作れないか?


そんな風なことはずっと考えていたことと、最近改造した窓辺の作業机にちょうど灯りが欲しいなと思っていたこともあって「ランプシェード」を作ることにした。

ランプシェードは器と違って機能的な制限が少なくて、たとえ割れたとしても機能上問題がない。いや、もしかしたら割れから光が漏れてなんかいい感じになるのではないか?そんな気がしたからだ。

さっそくチェンソーで手頃な幹を切ってきて、ロクロで形にしてみる。

翌朝見ると、ひびができていた。
2.3日様子を見ると割れはどんどん広がっている。そして狙いどおりそこから灯りが漏れている。



時間と共に変化して、欠点といわれるような割れや反り、捻れを魅力に変えていくような作品づくり、思い通りにの出来にするにはまだまだ先は長そうだけれど、コツコツと続けていこうかなと思います。

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